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ホーム災害調査2017年 那須岳の雪崩災害(平成29年3月27日那須岳で発生した雪崩災害調査報告(速報)

平成29年3月27日那須岳で発生した雪崩災害調査報告(速報)

2017年04月12日

平成29年3月27日那須岳で発生した雪崩災害調査報告(速報)

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1.はじめに

 2017年3月26日から27日にかけて,日本の南を通過した低気圧(南岸低気圧)や伊豆諸島付近に発生した低気圧の影響により,関東甲信地方の山地を中心に大雪となった地域があった.その中で,3月27日午前8時30分頃に栃木県那須町の那須岳(那須温泉ファミリースキー場付近)において雪崩が発生し,高体連登山専門部会主催の「春山安全登山講習会」に参加していた高校生と教員が巻き込まれ,死者8名,重症2名,中等症・軽傷38名を出す大災害となった(平成29年3月27日那須町で発生した雪崩事故について(第9報),栃木県県民生活部危機管理課).
 新潟大学災害・復興科学研究所では,2017年4月3日午後に名古屋大学大学院環境学研究科・西村教授と共同で現地調査を行った.本調査では,那須温泉ファミリースキー場及び被災地点への立ち入りが規制されていることから,那須ロープウエイを利用して被災地点よりも標高の高い地点(那須岳南東斜面)に登り,そこから雪崩発生区上部まで下り雪崩斜面の積雪・地形状況を調べた.また,発災から1週間経過していることから,高標高地点の方が発災時の積雪の変質が少ないと考え,那須ロープウエイ山頂駅周辺で積雪断面観測を実施した.

2.調査者

河島 克久・松元 高峰・渡部 俊(新潟大学災害・復興科学研究所)
西村 浩一(名古屋大学大学院環境学研究科)

3.調査箇所

 調査位置を図1及び図2に示す.調査では那須ロープウエイの山頂駅(標高1690 m)から登山道の牛ヶ首山頂分岐(1718 m)まで登り,この分岐点近傍の那須岳(茶臼岳)南東斜面(標高1716 m)で積雪断面観測を行った(河島・松元担当).また,積雪観測地点から南東方向に下り(図2の踏査ルート),天狗岩付近から雪崩斜面の積雪・地形状況を調べた(西村・渡部担当).

図1 積雪観測地点,被災地点,アメダス那須高原の位置(国土地理院「地理院地図」画像を使用).
図1 積雪観測地点,被災地点,アメダス那須高原の位置(国土地理院「地理院地図」画像を使用).
図2 調査位置(Google Earth画像を使用).
図2 調査位置(Google Earth画像を使用).

4.アメダス那須高原のデータからみた気象の推移

 被災地点から東に約5.3 km離れた気象庁・アメダス那須高原(標高749 m)における気象の変化(2017年3月24日~4月3日)を図3に示す.アメダス那須高原では3月27日2:00から積雪深の増加が認められ,被災時刻に近い同日9:00には33 cmに達している.降雪時間帯の風向風速は,3月27日3:00~10:10が欠測のため不明な点が多いが,欠測時間帯前後のデータから見る限り,北寄りの風で風速(10分間平均)は4 m/s前後はあった可能性がある.降雪時の気温は2:10から8:20までマイナス(-0.5~-0.1℃)であり,降雪は乾雪が主であったと考えられる.
 雪崩災害以降の気象に着目すると,日照時間から分かるように3月29日と30日は晴天であり,気温もそれぞれ7.8℃,11.8℃まで上昇している.3月31日からは天気が下り坂になり,聞き取り調査の結果,4月1日には那須温泉ファミリースキー場周辺では降雪がもたらされたことが分かった(標高の低いアメダス那須高原では降雪なし).その後,4月2日から4月3日午前までの天気は晴であり,調査を行った4月3日午後には曇から雪へと変化した.

図3 アメダス那須高原における気象推移(2017年3月24日~4月3日).
図3 アメダス那須高原における気象推移(2017年3月24日~4月3日).

5.那須岳南東斜面における積雪断面観測の結果

 那須岳南東斜面(標高1716 m)で行った積雪断面観測の結果を図4に,積雪断面の写真を図5に示す.図4において積雪深は斜面に垂直に測定している.地上高0~24 cmの積雪はざらめ雪(一部こしもざらめ雪)であり,汚れを含んでいることから,3月27日の大雪の前から堆積していた古い雪であると判断できる.前章の気象の推移と照らし合わせると,地上高24~64 cmの積雪が3月27日の大雪によってもたらされたものであり,この内,上部4 cm(地上高60~64 cm)は3月29日~30日の晴天時の融解によってざらめ化したと考えられる.また,地上高64~90 cmの積雪が主に4月1日に降った雪であり,この内,上部4 cm(地上高86~90 cm)は4月2日から4月3午前までの晴天時の融解によってざらめ化したとみなすことができる.雪温はほぼ全層にわたってマイナスであり,3月27日の積雪は上部4 cmを除いて温暖変態の影響をほとんど受けていないと言える.
 3月27日の大雪に対応する地上高24~60 cmのしまり雪層に着目すると,その密度は地上高45 cmを除くと255~288 kg/m³の範囲であるが,地上高45 cmだけが小さく235 kg/m³であった.また,この層の硬度(デジタル式荷重測定器(プッシュゲージ)による測定)は28.9~64.9 kPaの範囲であり,密度の小さい地上高45 cmの硬度が極めて小さいことが明らかになった.密度・硬度とも 多数含んでいることが特徴であった.
 地上高24~60 cmのしまり雪層の密度と硬度の関係を図7に示す.硬度は密度の増加に伴って急激に増加する傾向が認められる.図中の破線の曲線は,Tekeuchi et al. (1998)及び竹内ほか(2001)が,日本海側の多雪地域(主に冬型気圧配置時の降雪)において得た乾いたこしまり雪・しまり雪の密度ρ(kg/m³)と硬度H (kPa)の経験式であり,次式で表される.

 本調査で得られた硬度の多くは式(1)の曲線よりも下側に位置しており,今回の南岸低気圧による積雪には日本海側地域の経験式が適合しないことが分かる.乾いたこしまり雪・しまり雪の硬度は密度の4乗に比例することは古くから知られているので(木下,1960),これに従って今回の測定値に最適な経験式を求めると,図7に実線で示した式(2)が得られた.

 式(2)の係数と式(1)の係数の比の値は約0.70であることから,同一密度でみたとき地上高24~60 cmの積雪の硬度が日本海側地域の平均的な値の約70%であることを意味している.これはあくまで大雪から1週間経過した積雪の力学的特性であるが,3月27日の時点でも南岸低気圧によってもたらされた積雪(新雪)の硬度が極めて小さかった可能性が考えられる.

図4 那須岳南東斜面(標高1716 m)における積雪断面観測の結果.
図4 那須岳南東斜面(標高1716 m)における積雪断面観測の結果.
図5 那須岳南東斜面(標高1716 m)における積雪断面観測.
図5 那須岳南東斜面(標高1716 m)における積雪断面観測.
図6 地上高45 cmの積雪の粒子.
図6 地上高45 cmの積雪の粒子.
図7 3月27日の大雪に対応する地上高24~60 cmのしまり雪層の密度と硬度の関係(赤丸).
図7 3月27日の大雪に対応する地上高24~60 cmのしまり雪層の密度と硬度の関係(赤丸).

6.雪崩斜面の地形・積雪状況

 今回の雪崩は,那須岳(茶臼岳)から南東にのびる幅の広い尾根上で発生した.図1及び図2に見られるように,積雪観測地点付近から約900 m南東の地点(標高1510 m)付近までは,比較的傾斜の緩い斜面が続く.そこから先は比高約80 mの急斜面となり,その下方では再び傾斜の緩い斜面となる.雪崩は急斜面の部分で発生して流下し,緩傾斜の領域に達して被害をもたらした.
 本調査では,急斜面の上端部に近い天狗岩(標高1515 m)まで踏査を行って,雪崩発生区付近の地形・積雪状態を調べた.
 図8は天狗岩から雪崩の発生した急斜面と被災地点を見た写真である.また図9には天狗岩付近の状況を示す.天狗岩付近の緩斜面にはほとんど積雪が見られないのに対して,それに続く急斜面は積雪に覆われている.上述のように3月27日の降雪時間帯における風向が北寄りであった可能性が高いことを考え合わせると,雪崩の発生した急斜面には吹き溜まりによって多量の雪が堆積したものと考えられる.そしてこの急斜面の上部には,雪崩の破断面の可能性が考えられる積雪表面の段差が認められた(図8及び図10).

 
図8 天狗岩(標高1515 m)から下方の急斜面と被災地点を見た状況.
図8 天狗岩(標高1515 m)から下方の急斜面と被災地点を見た状況.
 
図9 天狗岩周辺における地表の状況.
図9 天狗岩周辺における地表の状況.
 
図10 天狗岩付近の急斜面上部に見られた破断面の可能性のある積雪表面の段差..
図10 天狗岩付近の急斜面上部に見られた破断面の可能性のある積雪表面の段差.

7.まとめ

 3月27日に南岸低気圧によってもたらされた積雪は力学的強度が極めて小さかった可能性がある.また,3月27日の積雪層も一様ではなく,その内部に特に強度の小さい積雪を含んでいることが分かった.さらに,雪崩発生区となった急斜面は,吹き溜まりによって多量の雪が堆積していた可能性が高く,これが雪崩の発生に関与していると考えられる.

参考文献

Takeuchi, Y., Y. Nohguchi, K. Kawashima and K. Izumi, 1998 : Measurement of snow hardness distribution. Annals of Glaciology, 26, 27-30.
竹内由香里・納口恭明・河島克久・和泉薫 ,2001:デジタル式荷重測定器を利用した積雪の硬度測定.雪氷,63,441-449.
木下誠一,1960:積雪の硬度Ⅰ.低温科学,物理篇,19,119-133.